退学

この記事は退学 Advent Calendar 2015 - Adventarの一部として書かれました。

僕は大学院の修士課程を修士2年で退学したので、それについて書こうと思う。

高校生の時は将来やりたいことがなかった(まともに考えていなかった)。強いて言えば、「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」をやりたかったくらいで、家業を継ぐために医学部に進学したりしている友人などを見ても同じ世界の人間とは思えなかった。今思えば退学のルーツはここにある気がする。進学先に東大を選んだのも、2年次に進学振り分けで学部を選ぶことができる、すなわち進学先を後で決めることができるという理由からで、意識に低さを感じる。

大学では数学や物理あたりをやろうかと思っていたが、よく考えたら大してやりたくなかったのでやめた。プログラミングと有機化学に興味があったので、情報科学科と化学科で迷うが、進学希望登録の〆切と飲み会が被ってしまい、酒の席の勢いで化学科に進学することに決めた。

化学科では有機化学を思う存分勉強できたので、大変満足した。学部の勉強で満足したので、これを長く研究しようとは思わなかった。結局のところ反応機構パズルや構造式の形が好きだっただけで、実際の有機化合物には興味はなかったのだ。3年生頃からiGEMという生物系サークルに入っていたこともあり、また、成績が悪すぎて化学系の研究室に入れなかったこともあり、研究室は生物系の研究室に配属された。

生物系の研究室での生活は楽しかった。テーマが良かったこともあり、やればやるほど結果が出た。最終的に研究はかなり良い形でまとまり、あたかも自分に生物系の研究能力が備わっているかのような錯覚をした。大学院からは生物にプログラミング要素を加えたバイオインフォマティクスの研究をすることにした。

大学院で僕が選んだ研究室は、アルゴリズム寄りではなく、どちらかというと生物寄りであった。この辺りでそろそろ生物にも飽きていたので、趣味のプログラミングに打ち込むようになった。大学院でもプログラミングの授業を履修し、そこで同じ班だった人に誘われて CODE FESTIVAL というプログラミングコンテストに出場した。

CODE FESTIVAL は自分の中で大ヒットで、ここからプログラミングコンテストにハマった。手始めにAOJ-ICPCを埋めることにして、多くの時間を問題を解くことに使うようになった。しかしながら1日の時間はそれまでと変わらないので、泣く泣くバイトを半分やめた。

AOJ-ICPCが半分くらい埋まってからは他のコンテストの問題を埋めるようになった。今まで以上に時間がかかるようになったので、泣く泣く大学院をやめた。